2017年6月、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の最終提言が発表された。TCFDは、企業の財務に関連する気候関連リスクの開示を推奨する、自主的な情報開示枠組である。
TCFDの発足は、パリ協定が採択された2015年に遡る。同4月、G20財相・中銀総裁会議は、金融システム安定を目的とする国際機関である金融安定理事会(FSB)に対し、気候関連の課題に対する金融セクターの役割を検討することを要請した。同11月、FSBは、気候変動に関連した企業や金融機関のリスクの理解に資する情報開示タスクフォースの設置を提案した。気候変動が金融セクターに与える影響が明確でなくとも、潜在的なリスクを把握し対処する上で、関連する情報は不可欠である。
TCFD以降、我が国の主要企業を含む、多くの企業で、気候関連の情報開示が進展したが、限界もあった。
TCFDは原則主義であり、詳細な開示要件を定めていない。そのため、開示される項目や内容が企業によって異なり、比較可能性が十分ではなかった。
また、TCFDは、企業の気候関連リスクを、財務への影響と併せて、企業の財務報告で開示することを推奨していた。財務に関連する重要な情報は、財務報告で報告されるべきであるという考えである。しかし、財務報告での開示はなかなか進展しなかった。
このような問題意識を受け、2021年11月、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が発足した。
ISSBは、国際会計基準(IFRS)財団の活動に位置付けられ、気候変動を含むサステナビリティ関連の課題について、投資家のニーズを満たす、国際的な開示基準を策定する。投資家のニーズとは、投資判断に影響しうる、重要性がある情報を指す。
ISSBは、約1年間の市中協議を経て、2023年6月、「サステナビリティ全般」「気候変動」の基準を公表した。現在、各国で法定開示へ反映が検討されている。
我が国では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)により、2025年3月までにISSBに準拠した国内基準が公表される予定である。並行して、有価証券報告書での開示義務の導入時期や内容が検討されている。
情報開示とは本来、透明性や市場への説明責任を通じて、企業の行動に自主的な規律をもたらすものである。自社のCO2排出が潜在的なリスクと市場から評価されれば、企業は、脱炭素に向けた対応を検討する。
この規律をより強める仕組みが、移行計画の策定・開示である。移行計画とは、気候関連情報開示のうち、パリ協定が掲げる目標への整合を前提とした排出削減目標と戦略・計画などを指す。2021年10月に改訂されたTCFDの開示ガイダンスで提唱された。
パリ協定との整合を開示の前提とすることで、脱炭素の規範性を強める狙いがある。
移行計画は、ISSBの基準にも採り入れられている。企業が移行計画を有している場合に、気候関連の戦略の一環として開示が要求される。法定開示への反映を通じて、企業に強い説明責任を求める一方、目標の水準や具体的な開示内容までは定められてない。情報開示の本来のあり方と脱炭素を推し進める一部の市場関係者の主張のバランスをとった結果と考えられる。
移行計画は、一部の国・地域の法定開示にも反映されている。
欧州連合(EU)では、2023年1月に発効したEU指令により、パリ協定の1.5度目標へ整合する移行計画の策定・開示が義務付けられた。ISSBの基準よりも、規範性が強い。ただ、一部加盟国では、経済界などの反発により、国内法化が遅れている。
一方、米国では、2024年3月、証券取引委員会(SEC)がTCFDやISSBを踏まえた気候開示規則を公表し、移行計画も要件の一つに盛り込まれた。ところが、複数件の訴訟に加え、同11月の大統領選挙でトランプ前大統領が勝利したことで、施行は見通せない。SECは連邦政府から一定の独立性を有するが、委員は大統領が任命する。共和党系の委員は、規則自体に反対している。
移行計画は、国際的な開示の基準として、ISSBによって要件化された。しかし、実際の法定開示への反映状況は、国・地域によってまちまちである。
電気新聞 2024年11月27日掲載