電力中央研究所

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旬刊 EP REPORT EWN(エネルギーワールド・ナウ)

旬刊 EP REPORT EWN(第2140号)
英CCSガス火力に投資決定 事業進捗の地域差に課題も

目標見直しと支援の方向性に注目

英国は2030年に年間2000万~3000万tのCO2回収・貯留(CCS)の達成を掲げ、21年5月以降、「クラスター」と呼ばれる4カ所のCCS推進地域や、支援対象事業者の選定を進めてきた。その中で、24年末に、「東海岸クラスター」と呼ばれるイングランド北東部のティースサイド地域において、CCSガス火力の新設事業と、同地域沖合の北海でのCO2輸送・貯留事業がファイナンス・クローズに至った。

計画からは2年ほど遅れたものの、英国における一連のCCS推進の中で、初めてファイナンス・クローズに達した事例となる。さらに、目標とされる28年に発電所が運転を開始すれば、世界初の商用規模(74万2000kW)のCCSガス火力となりうる点でも注目される。現在、世界において商用規模で運転中のCCS火力は、カナダのバンダリー・ダム発電所および米国のペトラ・ノバ発電所のみであり、いずれも石炭火力であった。さらに、北米の両発電所が石油増進回収(EOR)を目的としているのに対し、本事業は排出削減を目的とした恒久的な貯留である点も特徴的である。

これらの事業の実施主体は、大手エネルギー企業である英BP、諾エクイノール、仏トタルエナジーズだ。CCSガス火力の建設・運営はBPとエクイノールによる合弁会社ネットゼロ・ティースサイド・パワー(NZT パワー)が担い、CO2の輸送・貯留事業は3社による合弁会社ノーザン・エンデュランス・パートナーシップ(NEP)が実施する。両事業が稼働すれば、NZT パワーの発電所から年間最大200万tのCO2が回収され、145kmに及ぶ海上パイプラインを通じて北海の海底下に輸送し、貯留される。

しかし、英国のCCSが順風満帆かといえば、必ずしもそうではない。進展がみられるクラスターもあれば、遅れが目立つクラスターもあり、進捗状況はまだら模様である。結果として、「30年に年間2000万~3000万t」という目標の達成は危ぶまれている。詳しく見ていこう。

これまで、英国政府はCCSを集中的に推進するクラスターとともに、その地域で政府支援の条件交渉を行う貯留・回収事業者を選定してきた。貯留については、21年10月に、前述の「東海岸クラスター」におけるNEPが、イングランド北西部の「ハイネット・クラスター」における伊・石油大手のエニとともに選定された。続いて、23年7月に、スコットランドの「エイコーン・クラスター」でストレッガ社が、ハンバー地域の「バイキング・クラスター」ではハーバー・エナジー社が選定されている(※各クラスターの所在地は下図を参照)。

図

英国のCCSクラスター

回収については、23年3月に、東海岸クラスターで3社、ハイネット・クラスターで5社が選定された。これら8社には、ガス火力だけではなく、水素製造やセメント工場、廃棄物処理施設、製油所などが含まれており、多様な業種への支援が志向されている。8社のうち、現時点で唯一ファイナンス・クローズに達したのが、NZTパワーのガス火力だ。

回収事業者は今後さらに追加される見込みであり、選定プロセスが進行中である。ハイネット・クラスターでは、CCS火力の計画が2件ある。第一に、独ウニパーによるコナズ・キー地区のCCSガス火力であり、30年までの商業運転開始を目指している。第二に、エベロ社によるバイオマス発電所に回収装置を追設するバイオエネルギーCCSだ。これは、他の事業者が化石燃料由来のCO2を回収するのに対して、大気中のCO2を除去する。英国は、貯留を伴う対策であるCCSとCO2除去にそれぞれ支援を設け、一体的に推進している。本発電所は、年間最大40万tのCO2除去を見込む。

他方、エイコーン・クラスターとバイキング・クラスターでは、貯留事業者は選定されたものの、回収事業者の選定は進んでおらず、政府支援の確約も得られていない。これは24年10月に、今後25年間にわたる217億ポンドの支援が約束された東海岸クラスターおよびハイネット・クラスターとは対照的だ。今年3月には、スコットランド商工会議所や金融業界団体などが英国政府に共同書簡を提出し、「スコットランド産業界における唯一の脱炭素化の機会」であるエイコーン・クラスターを優先的に推進するよう要請した。特に、英電力SSE のピーターヘッドCCSガス火力計画の重要性が強調され、重工業地帯であるグランジマウスの脱炭素化を進める契機として期待されている。同発電所は、21年の計画発表時には、適切な政策が整備されれば、26年までに操業するとされていたが、現時点で実現の見込みは立っていない。

英国政府は24年末に、こうした遅れを踏まえ、30年のCCS目標は達成不可能であるとした。今後、英国政府は、26年6月30日までに第7次カーボンバジェット(38年~42年の目標排出量水準)の達成計画を提示する予定であり、その中で新たなCCS目標にも言及すると予想される。今年2月、英国政府の独立諮問機関である気候変動委員会は「CCSの役割は、代替案がほとんどないセクター、あるいは全くないセクターに限定される一方、CCSを含まないネットゼロへの道筋は考えられない」とした。たとえ計画が遅れていても、CCSなしでは脱炭素化は困難となる。英国政府が、CCS目標や後続クラスター支援について、どのような方向性を示すのか注目される。

著者

坂本 将吾/さかもと しょうご
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 兼 社会経済研究所 主任研究員

旬刊 EP REPORT 第2140号(2025年4月11日)掲載
※発行元のエネルギー政策研究会の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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